Case Studies

「1人1台」を支えるネットワーク環境の構築

必要なのは端末だけじゃない!

―北海道―
森町

10年ほど前からネットワーク環境の充実を図ってきた北海道茅部郡の森町では、2019年に町内全ての小・中学校の端末とネットワーク環境の一新を決めた。その理由と現在の状況について取材した。

「1人1台」を支えるネットワーク環境の構築
森町

森町役場
〒049-2393
北海道茅部郡森町字御幸町144-1
TEL 01374-2-2181 (代表)
https://www.town.hokkaido-mori.lg.jp

フルクラウド化と意識改革

 早くから、時代に即したネットワーク環境の模索を続けていた森町。2013年、「クラウド」という言葉自体がまだ浸透していない時期に、セキュリティ対策と業務効率化を同時に実現できるOffice365の導入を行い、役場のフルクラウド化を進めた。

 ところが、これまで皆が使い慣れていた情報管理システムからの転換は容易ではなく、職員の意識改革が必要だったという。システムが変わりすぎると、ある一定以上の年齢層は「こんなの使えない」と敬遠してしまいがちだ。

 当時の役場内は、40歳以上が6割を占めていた。しかし、わずか5年もすればスマートフォン世代が6割以上になり構成比が入れ替わる。総務課情報管理係の山形巧哉係長は「今のうちに切り替えていかないと、若い人が入ってきた時に仕事の効率が落ちてしまう」との考えから、無理強いではなく「実際に使うのは誰か」という観点で職員の思考を「組織のスタンダード」から「時代のスタンダード」へと少しずつ変えていく取り組みを行った。

 それによって職員全ての合意を得たことで、自治体として国内初のフルクラウド化を達成した。

学校のICT環境も当時の最先端の環境を整備

 森町ではフルクラウド化の数年前、シンクライアントを町内の全小・中学校8校のPC教室向けに全面導入した。当時のネットワーク環境を支えていたのは最新のマルチポイントサーバーで、1台で40人分の端末まで使用可能だった。

 ところが時代が進むにつれ、世の中のコンテンツがリッチなものへと変わり、マルチポイントサーバーでは各端末の動きに対応しきれなくなってきたという。

有線に縛られない! サーバーレスの無線LAN環境へ

 その後、新学習指導要領によって今後の方向性が示され、GIGAスクール構想の言葉も聞かれ始めた頃、森町はシンクライアント環境からファット環境へ戻すとともに、ネットワークを可能な限り無線化、さらにサーバーレスとする環境整備に着手した。「これからの時代、有線のネットワークケーブルに縛られた環境はなくなるだろうと思ったのです」と山形氏は言う。

 このような環境整備を行う際には、ネットワークの整備が要となり、サーバーレスでも快適に使用できるためにネットワークをもう一度しっかり設計し直すことになった。

端末の増加による負荷と対策

 ところが、フルクラウド環境でネットワークを利用すると、「授業中、たとえPC1台のみの接続で動画コンテンツを流そうとしても全く動かない」と教員たちからの苦情が相次いだ。ネットワークのトラフィックが想定をはるかに超えていたことが原因だった。「サーバーレスの環境をちゃんと作ったからこそ、ネットワークが止まる原因が情報量ではなくセッション数であることがわかりました」と山形氏。

 そこで、さらに安定した無線LAN環境整備を行うこととなり、その一環として森町ではTbridge®の導入を決定した。

 この環境整備により、今では動画配信サービスを授業中に活用することが可能となったという。

規模に合わせた適切なネットワーク設計を

 最近は「1人1台」という端末の数に重きが置かれがちだが、それに見合ったネットワークの設計も同時に必要なことを忘れてはならない。種類も値段もさまざまな中で、自治体はどのように適切な機器やプランを選択すれば良いのだろうか。

 例えば、高速道路の料金所を想像してほしい。1〜2車線の道路であれば料金所のブースは1〜2個で問題ないが、4車線であれば、ブースの数も増やさないと、そこがボトルネックとなり渋滞が発生してしまう。とはいえ、多ければ多い方がいいわけでもなく、4車線の道路に10個ものブースは必要ないだろう。ネットワークも同じだと山形氏は言う。並列で処理すべき情報量や端末数に応じて、サーバー等の機器の規模を適切に変える必要がある。「そういう意味で、ネットワークの設計というのは非常にシビアなんです」

「一人も取り残さない」ための環境整備

 「学校教育では『一人でも取り残してはいけない』という方針のもと、授業開始とともに全員が一斉に接続できないといけない。そうした授業を行う限りは、頑健なネットワーク環境が必要とされます」と山形氏。

 そのため、万が一ネットワークがダウンした時にも授業を止めないために、GIGAスクールでの児童生徒用の端末は全てLTE対応のiPadとした。端末を持ち帰って使用する際に、各家庭でネットワーク環境の差が出ないようにとの配慮もある。

 しかし今後、GIGAスクール構想に沿って世界が変われば、「一人も取り残さない」という前提すら変わってくるのではないかと山形氏は考えている。「情報分野の世界では、何十台も端末があれば、どれかがつながらないのは当たり前です。今後はむしろ、ネットワークのトラブルも子供たちで解決しなさい、という世界に変わっていくのかもしれないですね」。

使う側(教員)の不安を取り除く

 ネットワークが整備され、端末がそろっても、実際にそれを利活用するかどうかはそれぞれの学校や教員次第となる。教員が二の足を踏むと、子供たちはせっかくの恩恵を十分に受けることはできない。

 当初、教員から「子供たちを制御したい」という要望が多かったことに山形氏は驚いたという。「まずは先生方の不安を解消することが、利活用を進める上で必要だと感じました。大人がパソコンやスマートフォン、タブレットについて正しい知識を持ち、『おもちゃ』ではなく『文房具』として認識できるようになれば、『制御したい』という考えは無くなるのではないでしょうか」

 従来は教員がちょっとした要望を町の情報担当に伝えたい時、必ず教頭や教育委員会を通す必要があったため、どうしてもそこには教員側の躊躇やタイムラグ、そして言葉の齟齬が生じていた。

 そこで、「もっと気軽に直接やり取りできたら、先生方の日々の不安の軽減につながるのではないか」と考えた山形氏が開設したのが、教員とのチャットルームだ。

 昨年12月、既に導入済みだったMicrosoft 365のteamsを使って、各学校ごとに教員全員とのチャットグループを作った。会話は教頭を始めとした全員が見られるオープンチャットを基本とし、教員からの質問や要望に対して山形氏が軽い口調で簡潔に回答する仕組みだ。「ここが先生方にとっての『駆け込み寺』となり、端末を使うハードルが下がるといいなと思ってます」と山形氏。

 そこには最低限のルールも存在する。入れたいアプリケーションがあれば許可するが、事前に安全性について教員自身が確認すること、教育委員会を通すべき内容についてはしっかり通すこと、少し調べたらわかることは自分で調べること、などのルールだ。

 「何か聞かれて、一言目に『ググりましたか?』は日常茶飯事。そこから自力で調べた先生から『わかりました!』と逆に感謝されると私もテンションが上がるんですよ。とても面白い経験をさせてもらっています」と山形氏は笑顔で語る。

 まだ始まったばかりの画期的なこの取り組みだが、情報担当が替わっても維持できるのかという懸念もある。「このスタイルが正解かはわかりません。しかし黎明期の今、先生が怖がってスタートダッシュできず、子供たちがせっかくの端末を使えないとしたら、それが一番不幸ではないでしょうか。町のために今できることは何かを常に考えながら、さらなる策を打ち出していきます」。まだまだ続く挑戦に、森町の子供たちの未来は明るい。

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